主の管理方法ー蝶々と松の木が教えてくれたこと

      2016/07/06


 
月明洞の主日の朝。
蝶々を見つけました。

その蝶々が地面を這うようにして飛んでいて、なんだか元気がないような気がしました。
羽に傷があるのかな?と思って、見てみたのですが、特に傷はなさそうでした。
蝶々だったら、蝶々の個性を活かして、もっと羽ばたけばいいのに、羽ばたけきれていない蝶々を見て、その姿が今のLunaの姿と摂理史の姿、広義では、今の社会の姿に重なりました。

ちょうど前日に、こんな話しを聞きました。

月明洞には、松の木がたくさんあるのですが、松の木を剪定する際に、切る必要のないところを誤って切ってしまうと、それ以上大きく育たなくなってしまうそうです。
余分な枝葉は切らねばならないけれど、どこを切るべきなのか、しっかり見極めてから剪定しなければ、松の木の命に関わるそうなのです。

それで、あぁ個性を大切にして、個性を活かした管理をしなければならないのだなぁ、と思いました。

個性を大切にして、個性を活かした管理をしなければ、大きく育つべき人が大きく育つことができない。
みんな同じように育てても、それなりの松の木の人生を歩むことはできるかもしれないが、個性が活かされていないから、イキイキとはしないだろう。
だから、美しい蝶々が自信を持って、自由に羽ばたくべきところを、遠慮しがちに羽ばたくように、もったいない人生を生きるようになる。

羽ばたけきれない蝶々を通して、神様がそう啓示してくださった(メッセージをくださった)感じがしました。

その日の主日の御言葉が、こちらです。

失った人を探してきなさい。
私の命たちを連れてきなさい。
自己管理、命管理、もらったものの管理だ。
(2016年6月19日 摂理・鄭明析牧師の主日の御言葉)

いつも聖三位と主には間違いがないけれど、私達がたくさん間違って行なったことによって、多くのものを失ったことを認めざるを得ません。
悔い改めて、最後の機会には、必ず得るべきものを得ることができますように。

天から授かった各自の個性が、この世の中で尊く貴重に用いられ、活かされた時に、憎しみや争いのない、歓喜と幸せに満ちた地上天国を、私達が成すことができるのだと信じます。

Luna

投稿者プロフィール

Luna
摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。
世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。
時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。
ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆

 -摂理はこんなところ

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