東京の高級マンションで摂理人が考える「自分にとっての宝」の意味

      2015/07/11


先日、母と一緒に、とあるお宅にお邪魔させていただきました。
住所を見る限り、高級マンションっぽいけど、そういう物件と縁のない庶民のため、実際のところよくわからず、気楽な気持ちで伺いました。
が、まず、マンションの入口で、異変に気付きます。
何この高級感(・・;)!
高級マンションならでは、もちろんコンシェルジュもいらっしゃり、不慣れな私たちには、マンションの入口から訪問先の玄関までが、とてつもなく遠く感じます。
そして、玄関を開けてもらった瞬間、目が点(゚o゚;;
何この広さ(・・;)!
こんな家、東京にあるの?
さらに、部屋を案内してもらって、溜息が出ます。
広すぎて迷路みたいですね(・・;)
住人いわく「はい、私も迷います。笑」
・・・(>_<)!! 家賃を聞いてみたら、月150万だとか。 ビックリするLunaに、住人は、これでも都内の高級マンションの中では安い方だと追い討ちをかけます。。。 それにしても、高級マンションの高層階は景色も良く、本当に素敵な家だったので、「こんなところに住めたら天国だね~いいなぁ、住みたいなぁ」と母と大興奮o(^▽^)o お金と運があったら住んでみたいなぁと、母と一緒に、叶わぬ夢に思いを馳せました。笑 しかし、自宅に戻ったLunaの一言目は、自分でも意外なことに、 「わぁ~落ち着く。やっぱり、Lunaには、小さな家がちょうどいいわ」 でした。笑 続けて、意外にも、あんなに興奮していた母もこう言います。 「疲れた~あれでは地に足がつかなくて、落ち着かないわね。地震が来たら逃げ遅れるし、全然いいことないわよ。」 ・・・笑 庶民には庶民の暮らしが一番ということでしょうか。 いやいや、悟るべきことは、もっと深そうです。 高級マンションが好きな人にだけ「マンション」が宝だ。
一戸建てが好きな人には「一戸建て」が宝だ。
「石」が好きな人たちにとってのみ「石」が宝だ。
土が好きな人たちにとっては「土」が宝だ。
愛する人を選ぶ時も、自分の個性と好みと水準によって決まる。
他の人はそれほどでもないと思っても、「自分にとっての愛の宝」だ。
自分が知るとおりに、自分の知能どおりに、自分の水準どおりに、自分が悟るとおりに「宝」が決まる。
だから、<同じもの>でも、ある人は「宝」だと思って持って行き、ある人は「ごみ」だと思って捨てる。
(2014年12月11日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

結局、万事全てのことは、自分にとって必要であってはじめて「宝」となり得るのだと考えさせられました。
摂理の御言葉も一緒ですよね。
ある人にとっては「宝」でも、ある人にとっては大したものではないでしょう。
何を「宝」と思って選ぶかは、自分自身に委ねられていることが多そうです。
どんなものが「自分にとっての宝」なのか、意味を悟りなさい。
(2014年12月20日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

今年もあと残すことろ、わずかとなりました。
「自分にとっての宝」が何であるかを悟って、「自分にとっての宝」を得る2015年にしたいですね★
Luna

投稿者プロフィール

Luna
摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。
世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。
時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。
ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆

 -摂理はこんなところ

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