摂理CAが機内でトイレ掃除をしながら神様に捧げるお祈り


CAの大事な仕事の1つが、機内のトイレ掃除です。
Lunaは、サービスより、トイレ掃除が好きかも・・・笑
何せ、トイレ掃除をしている時間は、機内で唯一1人になれる時間です。
つまり、お客様より怖いCAの先輩たちから、唯一解放される時間。
怖い先輩たちがいる時ほど、なるべく積極的にトイレ掃除をして、我が身を守ります、なんて。
え?ついでにお祈りもできるって?
摂理人のみなさん、残念ながら、CAに、そんな暇は、ございません。
トイレ掃除は、ささーっと済ませるもの。
ゆっくりお祈りしていたら、「ちょっと!何やってんの!遅い!!お客様、トイレ入りたくて待ってんのよ!」と、怖い先輩がドンドン扉を叩きます。
半分冗談、半分本当のCA界のお話しでした。笑
さて、先日、いつものごとくトイレ掃除をしようと、トイレに入った時に、あまりの汚さにビックリしました。
Lunaを含めるCAたちが、トイレ掃除をサボっていたわけではありません。
トイレの綺麗さは、CAたちが、どれだけ掃除をするかにもかかっているのは間違いないですが、現実問題、お客様がどれだけ綺麗に使ってくださるかにもよります。
トイレに入った瞬間、
「この汚さ、人間として、どうだろうか。トイレの使い方は、人間の品格を表すよね・・・」
と、あまりの汚さに、思わず、ため息を漏らしたLuna。(素敵なCAでなくて、ごめんなさい。)
飛行機には、日本人以外のお客様もたくさん乗っていらっしゃるので、日本ではあり得ない使い方も、海外の常識だったり、民族性などもあるのかもしれませんが、それにしても、世界共通と思われる汚さでした。
その日は、ちょっとイヤなこともあって、
「CAが、こんな汚いトイレ掃除をしているだなんて、思ってもくれないお客様もたくさんいるのだろうな」
と、なんだかむなしくなって、もう一度ため息をつくLuna。(またもや、素敵なCAにはあるまじき行為で、ごめんなさい。)
気を取り直して、せっせとトイレ掃除を始めた瞬間、急に、神様の心情が伝わってきて、涙が出そうになりました。
罪は腐るものだ。
きたないものだ。
悔い改めは腐るのをなくすことだ。
よごれを洗ってきれいにすることだ。
(2010年10月23日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

トイレのあまりの汚さは、Lunaを含める全人類のおぞましい罪の象徴であり、
汚いトイレを見て、Lunaが「これが人間だろうか」とため息をついたことは、清い神様の人間への嘆きであり、
CAがトイレ掃除をしなければ機内のトイレが決して綺麗にならないように、誰かが、私たち人間の全ての罪を代わりに悔い改め、綺麗にしてくださらなければ、私たちが天の前に清い者として進み出ることは決してできないのだと悟りました。
たかだか数人が使用したトイレ掃除をするだけでも、ため息が出るのに、全人類の罪は、どれほど汚く積もっていて、それを綺麗にするためには、どれだけの労力がいるのだろうと思ったら、天の前でのLunaの足りなさに、申し訳なくて、身がひきしまる思いで、悔い改めながら、トイレをピカピカに掃除しました。
きれいであってこそ、主が恋人を抱くように抱いてくださり、愛の御働きをなさる。
きたなければ清潔法によって絶対に主とは接ぎ木できず、一体になれない。
ぶどうの木とぶどうの木の枝のように主と一つになるには、きれいでなければならない。
(2010年10月23日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

全ての人たちが、主と接ぎ木される人生を生きられるように、今日も、トイレ掃除をしながら祈ります。
Luna

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ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆