話し手と聞き手がひとつになった時に生み出されるものー反応を示すことの大切さ


マナー講座を開くようになって、数か月経ちますが、人前に立って話してみると、同じだけ準備して同じ内容を話すにしても、話しやすい時と、話しにくい時とがあります。

先日、マナー講座の後に、ある方に、こう言われました。

「Lunaさん、今日、話しにくそうでしたが、そんなことなかったですか?」

はい、そうなのです。
本当に、その日は、話しにくくて、話すべきことは話すには話したけれど、結局、伝えたいことが伝わらなかった気がして、講座が終わった後、すっきりしない感じがしたのでした。

その原因が何であるか、Lunaの準備不足かな、と思って反省したのですが、その方が続けてこう言いました。

「みんな、反応が薄いよね。」

もちろん、私自身が、聞き手の心を奪うような話しをすることができたのか、省みることは大切だと思います。
しかし、相手からの反応がなければ、私の話しが一方通行です。

以前、大学時代に、同じ教授の同じ講義でも、誰が受講しているか、学生の状況によって、講義の「質」が変わるとを感じたことを思い出しました。
モチベーションの高い学生と一緒に受講する時は、学生と教授の間で活発な意見も交わされて、活き活きとした講義になるのに、モチベーションの低い学生と一緒に受講する時は、私も力を奪われたし、教授も力を奪われているご様子で、結局、せっかくの貴重な講義が実りある講義にはならなかった気がしました。

それで、ある時、私が感じたことを、教授に伝えたことがあります。(どんな生意気な学生なんだ。笑)
すると、教授が私の話しを聞いて「そのとおりだ」とおっしゃって、「講義は、教授と学生で作るものだ」とおっしゃいました。
本当にそうだと、自分自身も伝える側になると、より一層、はっきりと実感します。

反応することは良いことだ。
何でも感覚が生きていて
ただちに反応する人が
よく実践する人になれる。
(2013年8月27日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

摂理の御言葉の講義もそうだし、マナー講座もそうだし、説教もそうだと思います。

Luna自身、いつも良い反応を示しているのか、振り返るきっかけになりました。

天の前で、反応の良い人になって、天が願っていらっしゃることを直ちに行なって差し上げる人になりたいですね。

Luna

ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆