リオオリンピック☆和睦のしるし


みなさん、オリンピックは、何の祭典だか、ご存知ですか??

「スポーツの祭典に、決まってるじゃないか!!」と言わないでくださいね。笑
答えは、<平和>の祭典♡♡♡

紀元前9世紀から紀元前4世紀にかけて、古代ギリシアの聖地オリンピアで、4年に1回行われていた競技大会が、オリンピックの起源だと言われています。
大会期間中は、都市国家同士の休戦が義務づけられ、人々の生活に平和がもたらされたそうです。

そんな素敵な祭典が行われているリオにて、「平和」を感じるエピソードがありました。

それは、みなさんもご存知かもしれませんが、体操男子個人総合の金メダリスト内村航平選手と、銀メダリストのオレグ・ベルニャエフ選手(ウクライナ)、銅メダリストのマックス・ウィットロック選手(イギリス)との友情の話しです。

ベルニャエフ選手と大差があったにも関わらず、最後の最後で逆転し、僅かな差で金メダルを獲得した内村選手に対して、報道機関が「あなたは審判に好かれているんじゃないですか?」という質問をしました。
内村選手は、感情を害された様子で、しかし、冷静に、「審判は公平にジャッジしている」と答えていましたが、この報道機関の質問に対して、怒りをぶつけたのは、他でもない、内村選手に負けた2位のベルニャエフ選手でした。
そして、続けて、ベルニャエフ選手とウィットロック選手が、内村選手を称賛しました。

「そうだ!審判は公平じゃない!」と言って、「敵」を負かし、自分が1位を獲得したい、そういう心もあるのが人間でしょう。
しかし、勝利を獲得した選手を皮肉る「敵」のために心から怒ってくれて、自分を抜いた「敵」を心から称賛する姿も併せ持つのが人間なのですね。
人間の可能性を感じました。
まさに、平和の祭典が、今、繰り広げられているということを実感させられました。

更に、注目すべきことは、ベルニャエフ選手が、とても貧しく、紛争の絶えない国で生まれ育ち、一生懸命、体操をされてきたこと。
過酷な状況で生き抜いてきた人が発する一言って、本当に違うし、そんな状況の中で育まれた「人を愛する」心は、本当に違うと思います。

摂理の鄭明析先生も、貧しい山奥で育ちました。
人から蔑まれ、楽しいことより辛いことの方が多かったとおっしゃる人生。それでも、いつも、ただ神様を愛し、隣人を愛し、敵をも愛して生きていらっしゃいます。

私たちの戦いは「血と肉の戦い」ではありません。
「兄弟たちと戦い」でもありません。
ただ「自分のすべきことをして、<自分>と戦って勝つこと」であり、「<サタンと悪と不義>と競って戦って勝つこと」です。


(2016年8月14日 摂理・鄭明析牧師の主日の御言葉
「摂理人同士で競って勝利するのではなく、生活の中で<自分のすべきこと>を行ないながら、「悪」と競って勝利することだ。)

平和をもたらすのも、戦争を招くのも、結局、人間の心でしょう。

真実に、「和睦」が成される世界になりますように。
摂理でも、オリンピックでも、世界中で「和睦」が垣間見られる、熱い夏でした。

Luna

ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆