摂理で見つけた答えー今の時代に必要なのは<宗教>


摂理に来る前、20代前半の頃、世の中を見渡して、「これ以上、発達して、どうするつもりだろうか?」と思っていました。
幅広いジャンルの本を読み漁ったけれど、どの分野も限界を迎えている気がしてなりませんでした。

もちろん、例えば、スマートフォンを新たに開発することは可能です。
でも、ちょっと手を加える程度ですよね。
そして、何のために開発し続けるのでしょうか。
これ以上、便利にならなくても、いい気がするし、便利になって、物質が豊かになっても、むしろ、精神的に貧しくなっていく社会の実態が怖かったです。
もっと、怖かったのは、それに、気づいていない人達も多いように見えたことでした。

もちろん、まだ解決できていない政治の問題や、まだ解明できていない科学の問題が無数にあるでしょう。
でも、その答えは、これ以上、人間が独自で考えて、得ることができるのでしょうか。
どんなジャンルも、限界を迎えるくらいにまで発達したけれど、何か、大事なものを抜きにして、語っているような気がしてなりませんでした。
その「何か」が何であるか、わからなかったけれど、当時のLunaは、一言で「倫理観」「感性」と表現していたのを覚えています。(そして、いつの日か、本でも出そうと野望を抱えていた。笑)

摂理に来て、Lunaが抱えていた疑問が、すっきりと解けました。

もう<人間の発達>には限界が来た。
<世の中の発達>は物を違うように作るとか、それを改造して違う次元に造るだけだ。

もう「肉的」に発達すべきものはほぼ発達したから、「霊的」に発達することだけが残っている。

今は<宗教>が発達して、真理を全て明かしたし、世の中も発達して、享受して生きる時だ。
大きく発達した今の「一日」を遊ぶと、幼くて分からなかった時に20年、30年間遊んだことと同じだ。

幼かった時は分からなくて、幼くて、弱くてできなかった。
今は分かって、成長し、強くなったからできる。
「一日」さえしっかり行なえば、幼い時に「10年、20年」間やってもできなかったことができるようになる。

(2015年1月14日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

Lunaが模索していた「何か」とは、

「倫理観」ではなく、「宗教」であり、
「感性」ではなく、「霊的なもの」であり、

Lunaが求めていた「答え」、すなわち、「真理」のある場所が、まさしく、ここ摂理でした。

出会えた奇跡に毎日感謝して、これからもブログ上で、そして、御心ある場所で、摂理の素晴らしさを伝え続けます(^^)☆

Luna

ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆