摂理ブログで悟った<反応>の大切さ


いつも摂理ブログをご覧頂きまして、ありがとうございます☆
誰も読まなくても、神様と聖霊様と御子が読んでくださればそれでいいと始めた摂理ブログですが、<反応>してくださる方がいれば、力が湧いて、もっと頑張ろうと思えるし、<反応>がなければ、やっぱり少し寂しくなって、時には力を奪われてしまうのが、人間の常ですね。
以前、ある教会の牧師さんが、いつも信徒たちの<反応>を気にされている、という話しを伺ったことがあります。
この女性牧師さんは、鄭明析先生と近しい関係にある方の1人なのですが、鄭明析先生や、摂理の御言葉について、必要な話しを一生懸命しても、みんなから<反応>がない、あるいはみんなの<反応>が薄ければ、とても傷つくとのことでした。
それで、この教会にお邪魔した時には、Lunaも「感想文」を即座に提出して、<反応>を示すように心掛けました。
また、ある教会へ行った時、明るく元気でとても雰囲気がよかったので、牧師さんにその旨をお伝えしたことがあります。
そうしたら、牧師さんが、「この教会は、みんな<反応>がいいんです!」とおっしゃっていたのが印象的でした。
逆に、ある教会の牧師さんが、「うちの教会の人たちは、みんな<反応>がない。何か問題提起したり、アイディアを提供したりしても、<反応>してくれないから、みんなが何を考えているのか、こちらに全然伝わってこない。もっと、みんな<反応>を示したらどうだろうか・・・」と嘆いているのを見たこともあります。
ちなみに、上記2つの教会は、教会運営全般がうまく進んでいて、最後に紹介した教会は、あまりうまくいっていませんでした。
<反応>の大切さについて、考えさせられますね。
Lunaは牧師ではないけれど、摂理ブログの書き手として、Luna自身が「発信者」の立場になってみて、<反応>について、改めて考えさせられるようになりました。
何かを発信した際に、<反応>がないって、どれほど寂しいことでしょうか。
そして、はっとしました。
神様、聖霊様、御子が、私たち人間をご覧になった時に、いつもどれほど寂しく泣いていらっしゃることかと。
仮に聖三位を信じている摂理人だとしても、神様、聖霊様、御子に、いつも、どのくらい<反応>を示しているのか、一度立ち止まって、真摯に問いかけるべきだと思い知らされました。
同時に、鄭明析先生の気持ちが、少しはわかるようになったと思います。
誰も<反応>しなくても、愛ゆえに、摂理の御言葉を絶え間なく伝えてくださったけれど、私たちの<反応>がないか、薄いから、どれほど寂しい思いをされてきただろうかと。
まことに悟って天の感覚に合わせて
急いで反応する人たちになりなさい。
体も心も考えも精神も遅いと
天の方向に合わせられない。
体、心、考え、精神が遅い人たち
脳が凝り固まって、脳がしっかり作動せず
脳が活性化されないから
霊感も知恵もはっきり受けられず後れを取る。
(2013年8月27日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

天の愛をわかって、天が見たとき、最高によく<反応>して、天の心情を慰めて差し上げる人になりたいです。
Luna

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ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆