摂理で「奪う」べきもの


先日、韓国人のある牧師さんと食事をする機会がありました。
普段なかなか会う機会がないため、みなさん、牧師さんの近くに座りたいご様子。
もちろん、願わくば、Lunaも近い席がいいなぁ~と思っていたら、光栄なことに、Lunaを含めて、その牧師さんに会うのが初めての人が近くに座ったらいい、という配慮をいただきました。
それなのに、遠慮がちなLunaは、せっかく薦められた席に、なかなか座ることができませんでした。
その時、その牧師さんと親しい方が一言。
「近くに座って!こういうのは、奪い合うものだからね!」
え~奪い合うだなんて。
せっかくのチャンスだけれど、だからこそ、譲り合わなきゃ。
と、悟れない、Luna。
その日、たまたま、この聖句を耳にします。
バプテスマのヨハネの時から今に至るまで、天国は激しく襲われている。
そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている。
(新約聖書/マタイによる福音書 5章12節)

そして、次の日。
電車に乗った時のことです。
席はいくつか空いていたのですが、どこに座ろうか躊躇しているうちに、どんどん他の人たちが座っていきました。
「奪う」ことについて考えさせられるシチュエーションの連続・・・
これは何か神様からのメッセージに違いありません。
私には奪う精神が足りない。
これでは大事なものを逆に奪われてしまう。
とようやく反省するようになりました。
「天国」も、御言葉通りに行ないながら襲う人が奪う。
「時間」も、 正しく使いながら襲う人が奪う。
「祈り」も、祈りながら襲う人が奪う。
(2013年8月17日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

秩序正しく、奪うべきものを奪っていきたいです☆
Luna

ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆