季節の変化に想う、時代の変化ー摂理で考える「成約時代」と<神様の歴史>


10月も今日で終わりです。
沖縄や一部の地域はまだ暖かいですが、北海道では雪が降り、全国的には肌寒く、コートが必要な季節になってきました。
こうして、いつの間にか冬が来るのだなぁと感じています。
考えてみると、季節の変化というのは、不思議です。
暦の上では、秋分や立冬があっても、「今日から秋!」「今日から冬が始まった!」と言うことはできないでしょう。
「秋」と「冬」の区切れ目を○月○日とはっきり示すのは難しいです。
でも、少なくとも、今は「夏」ではありません。
いつの間にか季節が変わるけれど、それぞれの季節が別々にちゃんと存在しているのですね。
時代も、同じことが言えそうです。

春、夏、秋、冬が「同じ一年」で も、春と夏が混ざることはできない し、夏と秋が混ざることはできない し、秋と冬が混ざることはできない。
<神様の歴史>もそうであり、<時代 >もそうだ。
春が過ぎてこそ夏が来、夏が過ぎてこそ秋が来、秋が過ぎてこそ冬が来る。
これと同じく、<神様の歴史>も 「旧約-新約-成約」があって、この三つの歴史は一つの体と同じだが、混ざって広げていくことはできない。
<旧約>が去ってこそ<新約>が来、<新約>が去ってこそ<成約>が来る。
歴史は繋がって続くけれども、 それぞれ別に存在する。
(2014年10月20日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

「成約」とは、「約束が成される」という意味。
「成約時代」とは、神様が私たち人間を創造して以来、長い間定めらていらっしゃった約束が、ついに完全に成され、理想世界が実現する新しい時代だと言われています。
いったい、いつが「成約時代」であり、どのような「約束が成される」のでしょうか。
それを各自が探し求め、見つけることが、神様から私たちに与えられた、人生の宿題なのかもしれません。

季節が来て種を蒔く人だけが 「種を蒔く時」が来たと分かるし、その穀物を育て収穫して食べる人だけが 「収穫の時」が来たと分かる。
春に山に行って見た人だけが、花が咲いたと分かるし、秋に山に行って見た人だけが、紅葉していることが分かる。
これと同じく、神様の時が来て始まっ た<新しい歴史>に「参与した人たち」だけが、神様の地上の最後の歴史、<成約歴史>が来たということが分かるようになる。
知っている人にだ け該当する歴史だ。
成約歴史はすでに始まって久しい。
(2014年3月26日 摂理・鄭明析牧師の御言葉 )

季節の変化に想う、時代の変化。
いろいろと、興味深いですね!
続きは、また書きます☆
Luna

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摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆