単純に生きない甲斐ある人生ー摂理で大福を食べながら考える人生論☆


今日、北海道のお土産に、とっても美味しい大福をいただきました(^o^)
今まで食べた大福の中で、一番美味しい!!と自信を持って言える絶品♪
こちらの大福、メロン味、ハスカップ味、かぼちゃ味など、北海道名物をふんだんに使った、珍しいお味もたくさんありました。
発想がすごいですよね☆
お米が大福になり、大福も、北海道名物と組み合わせれば、ただの大福ではない、様々な種類のお菓子になるのかぁ~と感激!
と、全然、人生や信仰と関係ない話しに思えますが、こんな御言葉があるのです。
お米でご飯ばかりを炊いて食べる ことが、単純に生きることだ。
お米でさまざまな餅も作り、さまざまなお菓子も作って食べることが、 単純に生きないことだ。
(2012年10月12日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

美味しい大福をいただきながら、単純に生きないことについて、考えます(..)
一つのことだけを考えて行なうことが単純に生きることであり、色々考えて行なうことが単純に生きないことだ。
瞬間だけ見て、現在だけ見て行なうことが単純に生きることであり、全体をすべて見て、未来まで見て行なうことが単純に生きないことだ。
(2012年10月12日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

色々考えて行なうこと、全体を見て、未来を見て行なうこととは、どういったことなのか、御言葉を更に見てみます。
肉的に生きる人は片方しか見る ことができずに生きる。
霊的に生きる人であってこそ、 初めから終わりまで全体を360度で全 部見て、現実だけではなく未来を見 て、永遠な世界まですべて見て生き る。
(2012年10月29日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

霊的に生きることが、単純に生きないことだということだと、わかります。
私たち人間は、目に見える世界である肉のものに捕らわれがちだけれど、目に見えない世界である霊のことまで考えて生きてこそ、単純な生を脱却することができるのでしょう。
肉界は単純だが、霊界に行って みたら、あまりにも多用な生だ。
田舎は町並みも市場(いちば) の食べ物も生も単純だ。
発達した都市 は町並みも市場の食べ物も生も多様だ。
人間が御子主と共に生きてこそ、 理想的な生を生きて、人生を多用に価値あるものとして、甲斐があるように生きる。
(2012年10月12日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

人間が人間だけで生きても、ちょっとしたアイディアで、こんなに美味しい大福を作れて、瞬間、人々を幸せにすることができます。
ましてや、人間を越えた存在である聖三位と共にしたとき、どれほどの幸せを享受できるのでしょうね。
大福をいただきながら、価値ある人生について、しみじみ考えた、Lunaのおやつの時間でした(*^^*)
Luna

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ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆