摂理ブログが生み出されるまで


「文章は生み出すもの」という言葉があるようですが、摂理ブロガーとして毎日文章を書きながら、本当に文章は生み出されるものだな、と感じています。

では、どうやって生み出されるのでしょうか?

先日、摂理の笑顔ー壮年部ママよりでお馴染みの摂理ブロガーシロさんとお会いして、お話しする機会があったのですが、シロさんがこうおっしっしゃっていたのが、とても心に響きました。

*******
今日はもう書けない!と思う日もある。
でも、そんな時に、「私が毎日働きかけているのに、何も書けないの?」という神様の声が聞こえる気がする。
それで、一言だけでも、と思って一文書いたら、もう一文、もう一文と思い浮かんで、それが一つの記事になる。
*******

「生みの苦しみ」という言葉もあるように、文章も「生み出すもの」である限り、文章が生み出されるにあたっては、苦しい過程を誰もが経るものだと思います。
Lunaも同様です。

それでも、もがいて書こうとした時に、神様が強力に働いてくださるし、そうして「生み出された」1つ1つの文章であり記事が、読者の心に熱く感動をもたらすのだと思いました。

Lunaも、これからも書き続けます☆

Luna

ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆