摂理で考える「天法」と「罪」


私たちが住む地球には、各国ごとに「法律」があり、「犯罪」を犯した場合は、その「法律」によって裁かれます。

誰もが認知している、当たり前の常識。

調べてみると、この「法律」も、神様の歴史と関係しているようです。

旧約聖書の「モーセの十戒」も「法律」ですし、ユダヤ人たちの「律法」も「法律」ですよね。
キリスト教の影響を大きく受けた「ローマ法」の表現は、現在の法学用語にも含まれていると聞いたことがあります。

その他、詳細は、Lunaも研究中。
難しくて、早速、挫折しそうです・・・汗
Lunaは法律の専門家ではありませんので、どなたか、専門家の方に教えていただきたいくらいですm(_ _)m

摂理では、「天法」という単語が、御言葉によく出てきます。
「神様の法」です。
「天法」を犯すことについて、「犯罪」とは言いません。
「罪」と表現します。

人間が考えた「法律」を学ぶだけでも難しいのに、全知全能な神様が定められた「天法」を学ぶのは、どれほど難しいでしょうか。
それに、天が地をご覧になった時の「罪」は、人間が考える「犯罪」よりもはるかに多そうです。

「罪の種類」は数万とおりだ。
数ヶ月かけて話しても話しきれない。


各国にそれぞれ法がある。
法典は数ヶ月かけて読んでも、全部を知ることは難しい。

<神様の法>は数億万個だ。
地球世界には70億人が生きているが、一人あたり一つずつにしても、法が70億個だ。

(2014年10月23日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

アーメン(*_*)!!

摂理に来るまで、Lunaは、「神様の法」を知りませんでした。
摂理に来て、「神様の法」を知って、おびただしい数のとんでもない「罪」を犯して生きてきたことを知って、自分の無知にぞっとしました。
「神様の法」を知った今も、「罪」を一つも犯さずに生きたのか、毎日振り返ってみたら、寝る前に、悔い改めない日は1日もありません。

<間違った行為を肉で行うこと>だけが罪ではない。
エホバを中心に置かなかったこと、そのことにより聖三位の心情を痛めつけたことが罪だ。
(2015年3月4日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

「天法」と「罪」。
しっかりと学んで、分かって、人間としてあるべき姿を追求し続けたいです。

Luna

Facebook
Twitter

ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆