摂理女性Lunaの行きたかった<東京大学>ー総長「矢内原忠雄」「南原繁」が影響を受けたキリスト教に見る学問の世界


日本人ならば、誰もが行ってみたい大学の1つに、東京大学は必ずランクインするのではないでしょうか!?
日本の最難関大学。
行けることならば、行ってみたいですよね。
と言うと、なんだかミーハーか冷やかしのように聞こえるかもしれませんが、高校生の頃、Lunaが真面目に目指したのが東京大学でした。
ま、お察しの通り、見事に、縁がなかったのですが(。-_-。)笑
今でこそ、笑い話しにできますが、当時のLunaにとっては、人生で最初に経験した大きな挫折であり、立ち直るには、数年間かかりました。。。
長っ!!笑
結局、摂理に導かれた今になってみると、東大を目指し、落ちた経緯によって、人生深く悟ったことがとても多くて、この経験がLunaの人生に、とてつもなく大きなプラスの影響を与えたとわかるようになりました。
願わくば、ちゃんと合格して、人生についても深く悟れたら!という感じですけれどね。笑
当時のLunaには、その力量がなかったようでございます。。。(T_T)
Lunaが何を悟ったのか、それは、また別記事で・・・☆
さて、東京大学の総長であった矢内原忠雄(1893-1961)は、どのような人生を歩んだのでしょうか。
先日紹介した、札幌農学校(現・北海道大学)との関連性が見えてきました。
CAおすすめの旅★摂理人が「札幌市時計台(旧札幌農学校演舞場)」から発見する<北海道大学>の魅力 – 摂理女性Lunaのハッピーフライト♪
http://luna8726.blog.fc2.com/blog-entry-116.html?sp

矢内原忠雄は、10代の頃、札幌農学校の卒業生である内村鑑三(1861-1930)主催の聖書研究会に入門し、キリスト教への信仰を深めていった経緯があるようです。
1920年、同じく札幌農学校の卒業生である新渡戸稲造(1862-1933)が、東京帝国大学(現・東京大学)経済学部で担当していた植民政策を辞職し、国際連盟事務次官になりました。
この時、東京帝国大学経済学部の後任には、20代後半だった矢内原忠雄が任命されております。
ちなみに、新渡戸稲造も、矢内原忠雄も、人道的な立場で、植民政策を論じており、人種差別に反対していたことは、注目に値します。
札幌農学校の卒業生ではありませんが、大正デモクラシーで有名な吉野作造(1878-1933)の思想的影響も受けています。
内村鑑三も、新渡戸稲造も、吉野作造も、熱心なキリスト教信者でした。
彼らの影響を受けた、矢内原忠雄も、もちろん、クリスチャン。
長男の名前は、伊作(いさく)だったとか☆
旧約聖書の創世記に出てくる、アブラハムの子どもの名前が、イサクですよね!
この世のすべての知識は神様が創造した万物について学ぶことに過ぎない。
事実、神様を学んでいることだ。
この世の学問は地上で神様が創ったものを研究し、努力して学び、信仰人たちは天から直接学んでいる。
(2003年11月10日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

矢内原忠雄の前任だった南原繁(1889-1974)も、クリスチャン。
信仰人たちが、日本の大学の歴史に与えた大きな影響を考えざるを得ません。
更なる詳細は、まとめたいところですが、ブログ記事にするには限界がありますので、いつの日か、論文にしようかと思います。笑
これまでもそうだったように、今後の学問の世界も、信仰人たちがリードしていくのかもしれませんね(o^^o)
Luna

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摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆