「Lunaさん、何があっても、主と共に、最後まで、頑張りましょうね!!」
ある日、仲良し摂理メンバーから、突然、こんな熱いメッセージが届きました。
突然、どうしたのかしら??
と首を傾げたLunaは、彼女と(そして主と)、明らかに、温度差があるのを痛いほどに感じました。
それで、「最後まで」について、深ーく深く考えました。
最後まで、諦めずに、行こう!行なおう!やろう!
みんな、簡単に言うけれど、それができなくて、みんな、簡単に、途中でやめてしまった。
摂理での信仰生活も、その他全てのことも、みんな、簡単に、「最後まで」と言うけれど、「最後まで」を実践できる人が、本当にごく僅かなのだなぁ。
だから、「最後まで!!」と、摂理で今もがいていることそのものが、本当に奇跡的な生き方なのだと、彼女の思いがやっと伝わってきて、これまで幾度となく主が伝えてくださった「最後まで」という御言葉の重みを、Lunaがどれほど悟っていなかったか、衝撃を受けました。
うまくいくとき、楽しいとき、
やりたいときにやることは
誰でもよくできる。
誰もができる。
やってもやってもうまくいかず、
やっても失敗し、
希望と望みがなく、
できないとき、そういうときに行なうことが本当に行なうことだ。
そのとき最後まで行なうのか、諦めるのかによって、
最後まで行なえるのか、行なえないのかが左右される。
最後まで行なうということは
不可能でも、うまくいかなくても、どんな状況だとしても、
そのときに行なって、結局行なうことが
まさに最後まで行なうことだ。
(中略)
最後まで行なうことは
だから難しい。
(2014年9月18日 摂理・鄭明析牧師の御言葉
「最後まで行なうことー聖三位の満足なさる地点まで行なうこと」)
最後まで!!
まずはLunaが!!そして、このブログをご覧になる皆さんが、2017年、必ず実践できる人になることを願っています☆
Luna