自分の一言がある人にとっては暴力になるかもしれない


考えを深くさせられるお話しを最近聞きました。

鄭明析牧師の弟さんでいらっしゃるポンソク牧師がおっしゃったことです。

「自分の一言がある人にとっては暴力になるかもしれない」

たとえば、摂理に来て、祈って、祈りがとても良かった、という話しをしたとしましょう。
その話しが、祈りがうまくできない人にとっては、暴力にもなりうる、というわけです。

そうか。
そこまで深く考えて、摂理教会に通っている人たちに接しているだろうか。
そこまで深く考えて、摂理教会に通っていない人たちに接しているだろうか。

この話しから、考えるべきこと、悟るべきことは、たくさんあると思います。
それが何であるかは、読者の皆様に、委ねたいと思います。

考えの深い人になりたいな、と切に願った、ポンソク牧師の貴重なお話しでした。

Luna

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摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆