日光のお猿さん「見ざる、聞かざる、言わざる」が教えてくれるスゴイこと


みなさん、日光東照宮の「見ざる、聞かざる、言わざる」は、ご存知ですか??

(画像:日光東照宮HPより)

日本人だったら、みんな、知っていますかね☆
LINEで「みざる」「きかざる」「いわざる」って打つと、お猿さんの絵文字が出てきますよ!笑

こちらの意味は、ご存知でしょうか?

紀元前に生まれた孔子の語録『論語』に、このような一説があります。
「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」(礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざればおこなうなかれ)
この一説をもとにして、「不見、不聞、不言」、すなわち、「自分の品格を落とすような、礼節を欠くようなことを、見てはならない、聞いてはならない、言ってはならない」という自己修養の教えが、8世紀頃、天台宗を通して日本に入ってきたものが由来と言われているようです。

さて、最近、鄭明析先生の弟さんでいらっしゃる、ポンソク牧師が、日光に行かれて、このお猿さんをご覧になったそうです。
その時のお話しを伺うようになったのですが、ポンソク牧師がこうおっしゃっていたことが、Lunaには、目から鱗でした!!!!!

「日本の日光で「見ざる聞かざる言わざる」のサルの彫刻を見た。
それに関する様々な見解があるけれど、私達は他人の間違いを「見ざる聞かざる言わざる」と考えるべき。
自分に集中した時に、次元を上げることができる。
自分が何か傷を与えていないか、省みて。
罪を犯しても許してくださる主の愛に私達も似る努力をし、ひとつとなって団結していこう」

わーお!!!

今、摂理の方向性の一つが、「愛と許しと寛容だ」神様の広い心で、ひとつになることなのですが、日本の「見ざる聞かざる言わざる」が教えてくれることも、見方によっては同じであることに、深い感銘を受けました。

もちろん、他にも解釈はいろいろあると思うので、これが正解!!というわけではないのですが、一つの見解として、そのようにも考えられることを、私達日本人も、受け止めておくべきかな、と思いました。
そうであってこそ、物事を深く考える、思慮深い、知恵のある人になれるのではないかな、と。

孔子の教えも、研究してみると、そこにキリスト教との関係性が見えてくるようにも思えますが、その話しは、また今度。

また一つ、考えを深くさせられる、ポンソク牧師のお話しでした。

Luna

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ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆