聖書を正しく学んで、自分を「変化」させる時代


Lunaは、キリスト教と関わりを持ちながら育ったのですが、聖書を読んでも、教会へ行って説教を聞いても、「聖職者」と言われる方々に質問をしても、はっきりと明解な答えを得られず、チンプンカンプン(*_*)でした。
また、一般的には、聖書の解釈が様々にあって、「イエス様の愛の教えは好きだけれど、聖書に何が書いてあるのか、難しくて、よくわからない部分もあるなぁ」という感覚をずっと持っていました。
果たして、聖書の正しい読み方とは、何でしょうか。
聖書には、こうあります。
聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈すべきでないことを、まず第一に知るべきである。
なぜなら、預言は決して人間の意志から出たものではな く、人々が聖霊に感じ、神に よって語ったものだからである。
(新約聖書/ぺテロの第2の手紙 1:20ー21)

聖書の読み方が、聖書に書いてある!
よく考えれば、聖書に書いてある読み方こそが、本物です。
摂理に出会った時に、自身の聖書の読み込みの甘さに驚き、呆れ、ショックを受けました。。。
摂理に来るまで、聖書で、特によくわからなかったことの1つが、イエス様の「復活」でした。
これを<肉>の復活と考えると、科学的にも辻褄が合いません。
「再臨」「引き上げ」についても、同様です。
しかし、これも、正しい答えは、聖書にあります。
聖書を読んでみると、すべて<霊の復活、霊の 引き上げ>であることが分かるようになる。
<霊> が天国に行く。
霊的に次元が低い肉的な人たちは「肉体が再び 生き返る復活をする。肉体が天国に引き上げられ る」と言う。
知らないから、そう言うのだ。
聖書を 正しく読むことができず、正しく認識できないからだ。
(2014年6月9日 摂理・鄭明析牧師の御言葉)

過去も今も、聖書を正しく解釈することができずに、それによって、争いまで起こる悲劇が繰り返されています。
正しく学び、正しく教えることが、とても大切なことです。
聖書とは、人間の説明書のようなもの。
聖書の読み方がそうであるように、人間の生き方も、私たちが勝手に解釈すべきものではありません。
聖書を正しく学んでこそ、私たちがどう生きるべきか分かって、理想的に生きるようになります。
聖書をよく読むと、人間には、<肉体>と<霊>があり、<肉体>が行なったことを<霊>が受けて「変化」することがわかります。
「変化」とは、「作ること」。
まずは<自分の肉>が、心・精神・考え・思考・行ないを完全にし、御言葉を行ないつつ、 <自分の霊>を輝かしく美しく善良に完全に変化させて、「天の国の形体」に作ることが、神様が願われている、私たちの生き方です。
2014年は、神様の歴史において、特別な年だと言われています。
御言葉で宣布されているとおりに、時代が少しずつ、しかし大きく「変化」しています。
一般的に、キリスト教に馴染みの薄い日本人には、捉えにくいことと思いますが、過去数千年間、ユダヤ教の歴史でも、キリスト教の歴史でも、聞いたことのなかったような御言葉が、膨大な量で宣布されるようになり、聖書に書いてあることの<全て>が<はっきり>明らかにされるようになったことそのものが、ものすごい、時代の「変化」です。
時代の「変化」に気づかなければいけないし、気づいたのならば、ただ眺めている場合ではありません。
神様が成される、時代の「変化」に、私たちも、ついていかなければなりません。
今は、御言葉によって、神様の願う姿に「変化」できる、人類史上最高のチャンスの時。
この機会を必ずつかめるように、最高の知識を学んで、共に「変化」していきましょう!
Luna

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ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆