摂理に来る前から神様に願い求めていたお祈りが叶った時


摂理に来る前、ミッションスクールに通っていた10代の頃、Lunaが好きだったお祈りがあります。

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平和を求める祈り(アッシジの聖フランシスコの祈り)

主よ、私をあなたの平和の道具として
お使いください
憎しみのあるところに 愛を
いさかいのあるところに ゆるしを
分裂のあるところに 一致を
疑惑のあるところに 信仰を
誤っているところに 真理を
絶望のあるところに 希望を
闇のあるところに 光を
悲しみのあるところに 喜びを
もたらすものとしてください
慰められるよりは 慰めることを
理解されるよりは 理解することを
愛されるよりは 愛することを
わたしが、求めますように
私たちは与えるから受け
ゆるすから ゆるされ
自分を捨てて死に、永遠の命を
いただくのですから

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ローマ教皇やマザーテレサ、イギリス初の女性首相マーガレット・サッチャーも引用された有名なお祈り。

ただ平和な世の中が成されることを願っていた10代の時、新聞やニュースで毎日のように報道される世界の悲しい出来事を目にしては、涙を流しながら、このお祈りをしました。

しかし、そのお祈りが、いつ、どのように、成されるのか、実感が湧かなくて、虚しさを覚えることが多かったです。

ある就活セミナーで、真剣にキャリア相談をしに行ったら、「あなたは、求める世界が高すぎる。平和は理想でしかない。世の中は、そんなに完璧なところではない。」と言われて、大ショックを受けて、寝込んだこともあります。

そうだろうか?
例えそうだとしても、だからと言って、諦めていいのだろうか?

と悶々とする日々。

そして、

誰が何と言おうとも、私は、理想世界を成すために、命をかけて生きよう。
そのために生まれてきたのだろうから。

と、心が辛くなったら、このお祈りを思い出しました。

しかし、そのお祈りが、いつ、どのように、成されるのかは、続けて、実感が湧かず、続けて、虚しさを覚えるばかりでした。

その後、20代になり、Lunaが摂理に来て、一番最初に強烈に思ったのは、

摂理に来る前、物心ついた頃から、「私を平和のためにお使いください」といつも神様に祈っていたお祈りを、神様がちゃんと聞いてくださって、私を用いる場所として最適な場所だと、時になって、私を摂理に呼んでくださったのだな

ということでした。

摂理のことを知らずに、平和を求めて、もがいて生きてきた期間が長かったから、摂理と出会えたことへの喜びと感謝があまりに大きくて、いつも賛美をする度に、涙が止まらなかったです。

その時の感動が大きいから、どんなことがあっても、摂理を脱会するという選択肢が全く思い浮かびません。

摂理に来る前も、今も、Lunaの心の奥底にある根本的な願いは、何も変わらないような気がします。

今日も祈ります。

主よ、私をあなたの平和の道具として、お使いください。

と。

変わったところがあるとしたら、その祈りが、必ず成されると、はっきりと確信を持って、生きていけるようになったことでしょう。

摂理と出会わせてくださった主に感謝します。

Luna

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ABOUTこの記事をかいた人

摂理(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送る現役CAです。世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟は、牧師の子どもであり、敬虔なクリスチャンでした。時を越えて飛行機と関わるようになったLunaが、鄭明析先生の御言葉と共に各地を飛び回りながら考えたことをお届けます。ブログをご覧いただく皆様の人生のフライトが、いつもハッピーでありますように☆